考えすぎか
- 2008/06/24(火) 09:54:08
限界集落というのがあるそうだ。
集落の住人の、過半数がお年寄りになり、集落として機能しなくなってしまう状況にあるところのこと。
地方の過疎地域に多いという話だが、都会にもそういった場所があるらしい。
何十年も前から、池袋や麻布に住んでいるお年よりもいるだろうから、確かにあるだろうね、そういうこと。
馴染みの商店は次々とシャッターを閉め、連れ合いに先立たれ、近所の同世代の方々は亡くなったり、子どものところへ身を寄せたりしていって、気がついたら独りぼっち。
身体が元気ならまだいいが、どこか悪くなっても面倒を見てくれる人がいない。
また、元気ではあっても、若い人の「元気」とは訳が違うので、毎日1kmの距離を歩いて買い物に行くなどというのも大変だ。
しかしバスやタクシーを使えばお金もかかる。
週に一度のまとめ買いをするとなると、今度は荷物が重くて帰るのが大変だ。
難儀だなぁ。
「そういうの、手助けして上げられないのかしらね」
妻がぽつりと言う。
「自分ちの買い物ついでに、『おばあちゃん今日はなんかいるものある?』って声かけるとかさ。おかずを一品おすそわけするだけでも、助かるだろうにね」
まぁね、そうだね。
「・・・でもそうやって関わってて、そのお婆ちゃんが具合悪くなったりしたときにさ、身内でもないのに世話焼けるかしら。そこまでできないなら、関わるべきじゃないのかしら」
まぁね、そうだね。
俺としては、申し訳ないが自分の身内を寂しくしないようにするのが精一杯だ。身寄りのないお年よりは気の毒だと思うが、中途半端に手を差し伸べるのはどうかとも思う。
それでも、本当はできることからするべきなんだろうね。
「こんな時はどうする、あんな時は?ダメだ面倒みきれない。最初から手を出さずに置こう」
とするから、結局冷たい付き合いになる。
いよいよ介護が必要なら、身内に連絡してやるか、行政にまかせるとして、日々の手伝いくらいはしてあげるべきなんだろうね。
と、頭では考えている。
思っているのと、実行に移すこととは雲泥の差があるけどね。
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